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STAFF BLOGスタッフのブログ

東南アジア編 第1話 マレーシア「自分の時間と地球の時間」

ニュージーランドから飛行機に乗り込み日本よりも安全と言われるニュージーランドから東南アジアへ。

そこに不安はない。あるのはワクワクと冒険心とポジティブに偏りのある感情のみだった。

 

そしてついたマレーシア。

 

匂いが違う。アジアの匂いだ。スパイスの匂いが漂う空港に夜中についた私は、空腹を満たすためご飯を食べ、とりあえず床に座り、人目もはばからず半袖短パンに着替える。気温差が20度以上もあるため汗が止まらない。

 

といあえずWI-FIを探し目的地を探すところから始まる。

宿はネットか実際にそこに行ってからかそのとき次第で決めた。

 

マレーシアではマラッカという街を周り、マラッカにいるときにふと「明日シンガポールに行こう。」そんな感じで目的もなく行き先を探した。

 

もともと観光地に興味がなかった私は、あまり観光で行かないようなところを探し回った。

アジアに入って2週間くらいはダラダラ色々な街を転々とした。

 

ある日、予定でたどり着いたマレーシアの最西のジョージタウンで、ふと島に行きたいと思った私は、2泊の予定を変更し、最東のプルフンティアンというを目的地とした。

長距離バスとおっちゃんの原付の荷台と小さなボートを乗り継ぎ島にたどり着いた。

ボートが岸まで行けず、海の中を歩って上陸した。

WI-FIもなく、人少ないこの島には海しかない。

ホテルもあるが、ビンボー旅の私はテントに宿泊した。そこには何もなかったが、自分に必要なものはすべてあった。時計の必要のないこの島に、綺麗な海とハンモックがあった。それだけで幸せだった。

朝起きると目の前には、綺麗な水色をした海があった。

目覚ましに海に飛び込む。口に入る塩辛い海水が目をさます。 日差しが身体を起こす。

少し疲れたら、マンゴーシャーベットとマレーシア料理で身体と脳を癒す。そして、ハンモックに揺られながらお昼寝をする。また海に潜る。こんな風に過ごしていると、真っ赤になる空と海の時間を通り過ぎ、夜が来る。

 

夜は、ミュージックプレイヤーと化したiPhoneでChill outミュージックを聴きながら、シーシャをふかし、ビールを飲みながらハンモックに寄られうたた寝をする。

このとき、自分の中で時間に追われる何かから解放されていくのを感じた。

 

ここには時間というものはないように感じた。

日本にいたときは、何もしていない時間を「もったいな」や「暇」というネガティブな表現の名札をつけることが多かったが。ここにいると不思議とその名札は外される。

何もせず、ただながれる雲を見ていることが幸せだった。

何も悩むこともなかった。次を考えることもなかった。今を生きていた。まさにマインドフルネス状態だった。

 

「時間は平等」本当にそうだろうか。自分はそうは思わない。

ならばなぜ寿命に差があるのか。辛い時間は長く、楽しい時間は短く感じるのか。歩くスピードも違ければ、心拍数、呼吸も違うのか。

 

人はそれぞれの時間を持っている。そのスピードは各々だ。

 

そもそも時間というのは太陽の動きや季節をわかりやすく可視化した人間の創った名札に過ぎない。しかしそれが全てを握っていた。これに疑問を感じていた。

 

可視化出来る時間はあくまで参考で年齢も同じように名札、「生造日」に過ぎないのだろう。

 

このとき自分の中の時間が、少し早く、ずれていたことを感じた。生き急いでいた。地球のそれはもっとゆっくりだったのだ。

 

それを感じまた少し脱力出来た気がした。

 

ここはそんな島だった。

そんな島にも住んでいる子供たちがいた。とても優しく気さくな彼らはどこか豊かで魅力的だった。

今でも彼らの優しさを忘れることはない。気遣いはなかった。そこにあったのは心遣いだけだった。

 

この島を出てからだろうか。普段は考え事をしたり、次の計画を立てたりして、ただの移動に過ぎなかったバスは、無心で景色を、空気感を吸収することのできるとても素晴らしい時間に感じるようになった。

 

そしてこの後、とても多くの、とて大きな感覚をくれたタイに向かった。

 

 

 

2019.06.21|スタイリスト

darestore in DAISYLOTUS (イベント告知)

【イベントのお知らせです】

6月25日 火曜日 17:00〜

今回は、仙台の人気のカフェdarestoreさんがDAISYLOTUSに来てくれます!!

 

サブカルチャー雑誌『BRUTUS』にも掲載されたこだわりの焙煎豆を取り扱う、仙台のお店です。

今回の内容としましては、コーヒー販売、コーヒー豆販売、人気メニューのバナナブレットのケータリングも数量限定で御用意しております。

さらに今回は、DAISYLOTUSの赤井澤が旅の最中にベルリンで出会った実力派バリスタ、八代 那弥さんが

自宅で出来るおいしいコーヒーの淹れ方のセミナーを開いてくれます。

 

海外で4年間多くの経験を積んだバリスタからレクチャーを受けるチャンスです!!

 

もちろん、「のんびりコーヒー飲みたーい」という方も大歓迎です!!

 

どうぞみなさん、遊びにいらしてください。

 

2019.06.16|スタイリスト

ニュージーランド 最終話 「人と心と言葉」(アカイザワ)

ニュージーランドは多くのことを与えてくれた。景色、出会い、感覚、寂しさ、幸福感、総称して『経験』だ

 

ニュージーランドには不思議な力がある。与えてくれると同時に忘れさせてくれる。必要のない感覚を引き算してくれる。そのぶん頭がシンプルになる。

 

ニュージーランドを旅した人たちはどこか似ている気がした。どこがと言われると言葉にまようが、強いて言うならみんな自然だった。

南島 クィーンズタウン 綺麗な山々に囲まれた湖にさほど大きくないが絵本に出てくるようなとても綺麗な街だ。この街は私の大好きな街の一つだ。

 

ここで私は親友と呼べる人に出会う。彼の名は『モニール』スペイン人の彼は気さくでとてもノリがいいが全く不快感がなく尊敬できる同い年だ。

 

彼との出会いはこの街の宿でだった。

その朝私は共有キッチンで朝食にフレンチトーストをつくっていた。すると彼が、「なんだそのうまそうなのは!どうやってつくるの??」と英語で聞かれたので、ぼくもつくり方を説明し「良かったら半分こして食べよう」と声をかけた。

 

すると彼は、とても嬉しそうに食べてくれた。食べながら、旅のことや、スペインのこと、を同い年ということもあり盛り上がって話した。

モ「今日は何するの?」

赤「今日はあの北に見えてる山を登ろうと思っているよ。君は?」

モ「俺はそこの街を見下ろせる丘にのぼりにいくよ。なら今日の夜宿で感想を教えて。」

赤「わかった!それじゃ夜に!」

 

と会話を交わした5秒後くらいに何かが私を止めた。

 

そのすぐには「やっぱり予定変えて一緒に行ってもいい?」と言っていた。

彼に何かを感じたのか、何がそうさせたのかはわからない。しかし、今でも思う。あのときの自分よ。ありがとうと。

 

彼との1日はとても楽しかった。いろんなことを話した。

 

お互いの国のことや感覚、価値観、生き方。話せば話すほど自分の中で成長を感じていく。

人は自分と違う価値観、経験をしている人間と会話することで成長するのだと思った。

 

彼とはこの後も何度も宿で偶然の再会を重ねその度に仲が深まった。

 

彼は私のことを『Aka』と呼ぶ。だが普段は『Bro』brotherを省略したものだ。

それにより考えられないほどに警戒心を解いてくれた。

 

彼がスペインに帰るときも空港で偶然再会することが出た私たちは「さよなら」ではなく「また会おう」と言って別れた。そこにはまた会えるという確信があった。

 

 

後ほど書くが、彼とはこの半年後、18832Km 離れたスペインの彼の故郷『Calaques』という街で再会し、とても素敵な経験をさせてくれる。

 

彼の他にも多くの私を助けてくれる人に出会った。一枚目の写真に写るオランダ人の20歳の女の子だ。

彼女は簡単に説明すると愛嬌部門の代表だ。常に弾けるような笑顔で、雨で宿からでれない日ですら最高の晴れをもたらしてくれる子だった。

 

彼女もまたオランダに行った際、彼女はオーストラリアにいて会えなかったが助けてくれた。

 

その後はヒッチハイカーを乗せながら景色と会話を楽しんだ。

 

 

 

 

途中で髪を切ったりキャンプをしたベルギー人の彼とはこの旅で、ニュージーランド、ベトナム、そしてベルギーの三回会うことができた。

 

 

その後、私は1話目に出てきたザンという男の子の家を目指した。

 

シャアハウスに住む彼は、とてもいい子だが、ちょっとばかりやんちゃだ。少しばかり一緒になってやんちゃしてみたりもした。

結局一週間ほど家に泊めてくれた。

彼は日本がとても好きで、ほんの少しだったが日本語が話せた。

 

大好きなラグビーで日本に行きたいと言っていた。背がとても小さい彼だったが、常に努力し、身長からは想像もできないくらいマッチョだ。

 

私が腕相撲を両手で挑んども片手の彼に勝てないくらいに強かった。実際ラグビーの試合にも連れて行ってくれたが、体格差は圧倒的だ。しかし果敢に挑み、チームメイトに頼りにされる彼を見て熱い気持ちになった。

 

努力で変えられないものもあるかもしれない。けれど、埋められないものはないのかもしれない。

その後、彼は最後の日、仕事前の早朝に車で迎えに来てくれ、空港までお見送りしてくれた。

 

彼が日本に来たときは、自分ができる最大のおもてなしをしたいとおもった。

「See you again next in Japan」と約束をし飛行機に乗り込んだ。

 

このニュージーランドの旅では多くの景色を見て感じて、多くの人に出会って、インプットと引き算ができた旅になった。

 

出会った人たちに似ている人はいなかった。全員が皆、自分をしっかり持っていた。

「流される」ではなくおのおのが舵を握っていた。そして輝いていた。

 

多くの言葉はなかった。話せなかった。しかし多くが伝わってきた。

 

国籍も経験も言語も違うが心が繋がっていた感じがした。たくさんの友が出来た。

これを経験し始めて言えることは

 

確かにもっと話したいと、悔しい気持ちになったこともあったが結果大切なのは『心』である。

 

誰も知っている人のいない海外に出て、多くの人と関わると感じる。

今までは「日本という国で、国に守られ、言葉に守られ、常識に守られていた」と。

 

海外に出ると丸裸だ。守ってくれるそれらの服はない。

 

そのときまた自分のちっぽけさと、自分を守る強い心が欲しいと強く思った。

 

2019.06.14|スタイリスト

ニュージーランド 2話 星と人が教えてくれた私の小ささ(アカイザワ)

目で取り込む情報は心に大きく作用する。

ニュージーランドの南島ではそれを特に感じさせてくれた。

 

ケビンと車で南を目指す中でも多くの景色が胸を躍らせた。

 

そしてケビンと車で北島の最南端ウェリントンにきた。そこはまた街。決して悪くない。だが早く離れたい。

そのときの私は早く南島に行きたかった。 ニュージーランドは北島ももちろん綺麗だが、大自然の景色といえばやはり南島だろう。

ここでケビンとはお別れし、私はいち早く南島をめざした。

 

船に乗りこみ海を渡る南島の素晴らしい景色はここから始まっていた。

そしてたどり着いた南島の最北端ピクトン。この街は1日だけの滞在ではあったけれど、とても記憶に残っている街の一つだ。

透き通った海水と、それに飛び込む子供たち、それと一緒に泳ぐ野生のアシカ。その海辺の公園の芝で寝そべる人たち。

不思議とニュージーランドは裸足の人が多い。自分も裸足が好きでよく海外では裸足で過ごしていた。

普段当たり前のように履いているスニーカー、革靴、ヒール分僕らは地球から浮いているのかもしれない。外で裸足になってはじめて「地に足つく」を感じる。エネルギーをもらうことができるのだと思う。

地球からエネルギーをもらいながら、ここから車による旅がはじまった。

日本と気候が北と南が反対なニュージーランド。このときだんだんと寒くなっていた。

何日か一人でさらに南を目指す。

途中山の麓でキャンプをした。日中は天気もよく気温もさほど寒くは感じなかった。だが夜になると気温は氷点下。テントが凍る。

寒さで途中目をさますと外がほんのり明るい。不思議に思い凍てつく寒さの外に出るとそこには数え切れない星がつくる橋があった。

それまでみた星の中で圧倒的な綺麗さだった。そのときここは「日本ではないんだな。」と実感した。

 

圧倒的な星は私に「自分の小ささ」を教えてくれた。

 

 

途中登りたい山を登る。

 

Mt.brown

有名でもないここは人はほとんどいなかった。人のない山は静かに私を受け入れてくれる。

ニュージーランドの山は山頂まで行けないようになっているところがいくつかある。それは山頂だからといって山を一番綺麗に見えるわけではないと教えてくれているのだ。

 

車での移動途中、一人の女性ヒッチハイカーを見かける。

このとき私は自分に小さなルールをつくっていた。それは、ヒッチハイカーを見つけたら反対方向に向かう人であっても乗せるというものだ。

話が飛ぶが、わたしは英語が全く話せなかった。わかりやすくいうと、中学一年生の初めの『ABC〜Z』まで書くテスト以外全て赤点だった。つまり30点以下だ。

 

はじめはそんな私が海外を周れるか心配もあった。しかし勉強はしなかった。そこにはしっかりと理由がある。

 

周り終わったとき、旅の話をしたときにもし、英語が話せていたら、「話せない人が周れるか」どうかは経験していないので伝えることができないと思ったからだ。

 

帰国した今、「話せないで周る」を経験している私は胸を張って「話せなくても地球を感じ旅することができます」と伝えることができるのだ。

 

話を戻すが、私は英語ができなかった。だからこそ沢山生きた英語を聴き学びたかった。

 

ヒッチハイカーの彼女は私よりも若かった。話を聞くと驚くことに彼女は7ヶ月もの間一人で、ヒッチハイクと歩きだけで旅をしているという。自然がいくら好きな私でもそれは理解し難かった。

 

私はこのとき「いろんな人がいるんだなー」という抽象的な感想と、星とは違う「自分の小ささ」をおしえてくれた。

 

その後も多くの人に出会ったが、彼女のような人には会わなかった。

 

ここから私はいろんな景色をみたり人に会うたびに、自分の小ささを感じ、話を聞くごとに今までの常識や価値観をほぐしてくれた。壊すのではないあくまで「ほぐす」だ。

 

 

次回 ニュージーランド 最終話 国籍のちがう親友たちとの出会いについて書いていきたいと思います。

読んでいただきありがとうございます。貴重なお時間ありがとうございました。

 

 

 

 

2019.06.12|スタイリスト

ニュージーランド 1話 景色を補正するワクワク(アカイザワ)

日本から最初に目指した島、ニュージーランド。

よく、なぜそこをスタートとしたのかという質問を受ける。

これには大きな理由があった。それは、ニュージーランド人の友人に、「ニュージーランドは時間という概念にとらわれない。」と聞いたからだ。

自分自身は、時間は有限で大切なものだと思っている。しかし、この言葉がとても残っていた。

日本に生まれ日本で育った自分は、小さいときから時間の大切さを教えられ育ってきた。社会人になってからは特に、1分単位で動いていた。そんな自分が、時間という概念をすっ飛ばすのは容易ではなかった。だから、自分はその時間との戦いを一時降りるためにニュージーランドを目指した。

日本を出て、オーストラリアのケアンズを経由し、14時間。辿り着いたニュージーランドの北島、オークランド。

見る景色も、空気も、人の流れもすべてが新鮮で、不安にすこし勝ってワクワクがこみ上げる。

夜に空港に到着し、英語が初め全く話せなかった私は、何をするにもビクビクしていた。やっとの思いで街に着いた私は30キロ近い荷物を早くおろしたく宿を探した。

古い建物を改装しドミトリーにした安宿を見つけここに泊まることにした。

街はワクワクに補正され輝いて見えた。

荷物を置くなり近くを散策する。

このとき自分は外国人である。自分のことを知っている人は一人もいない。何も気にしなくていい。

時間を気にせずのんびり歩く。そんなことすら、初めの頃は冒険だった。

街を歩くとストリートミュージシャンが知っている曲を弾いていた。私の好きな、ジェイソン・ムラーズの

『I’m yours』だ。ゆったりしたメロディーが不安を落ち着けていく。

街の路上に目を向けると、たくさんのホームレスがいる。しかし彼らはとても幸せそうに笑って歌を歌っていた。食べ物を分け合い仲間同士で支え合っていた。

少し離れたところでは、しゃがみこむホームレスの周りにおしゃれな若い人たちがいた。その中の一人が、ダンボールに書いてある文を読み悲しそうな顔をして、そのホームレスの彼の横に座った。話を親身に聞き、肩を抱いてなぐさめていた。この出来事に自分はとても幸せな気持ちになった。みんながそうではない。でもそんな人がいるから私は人が大好きだ。

1日目からとても刺激をくれた旅。幸せな気持ちで安宿の同じ部屋のオーストラリア人と拙い会話を楽しみベッドに沈み込んだ。

2日目は近くの公園に行き、芝生を見るなり裸足になり芝生に寝転んだ。空は青く公園の湖畔も信じられないくらいに青かった。

このとき私は時計を外し時間というものから解放されようとしていた。

周りには同じように地元民が、裸足になって横になっている。すごく豊かさを感じた。

今日から寝る時間も起きる時間も行動もすべて自分次第だ。明日の予定はない。だが昼になり、多くの人が仕事にむかう。ほんのちょっと忙しい。

夜は閉まっていたアジア料理の店が顔を出し始めた。さんざめく街。何か不快に感じる。街は人が多い。静けさを欲していた私は地図を開き、観光地である「ホビットの村」は人が多いのが目に見えていたので、反対方向のニュープリモスというマイナーな街をめざした。そこには静かな海辺とタラナキ山という魅力的な山があったからだ。

ここは期待を裏切らず、とても静かで、旅を終えた今でも心に残る街の一つだ。

海辺を散歩しているだけで心が休まる。

宿で情報を集め山へむかう。この日の天気は曇り空。だが、見たことのない草木に胸が踊る。

山を登りながら、すれ違った人と話すときに使いそうな英語を勉強する。本当に簡単な英語もわからなかったが、使って通じた瞬間自分の頭に焼きつく感覚があった。

4時間ほど登ると雲を抜けた。あたり一面雲海だ。一緒に歩っていた登山者と「Good morning sun」と大声で叫びながらそのときを楽しんだ。

広すぎて写真では伝わらないが、それでこそ絶景だと思う。

帰り道、登山道で出会った中国人の同い年ケビンと仲良くなり、レンタカーを使っていた彼は北島から南島にむかうときに経由する街まで一緒に行こうと言ってくれたので一緒に行くことにした。

移動日も、移動場所も決まった私は、ニュープリモスでの最後の夜を過ごす。ベランダで宿の宿泊者とお酒を飲みギターを弾く青年と仲良くなった。彼は、南島のクィーンズタウンに住んでいて、このときは、家族とキャンピングカーでニュージーランドを一周している所だという。

今回家族のありかたをテーマに周っていた私は彼にたくさんの話を聴いた。若いながらとてもしっかりしている子で学ぶことがたくさんあった。そして最後に彼はクィーンズタウン来たら何日でも泊めてくれるという。

そして必ずまた会おうと約束を交わしニュープリモスを後にした。

 

 

2019.05.29|スタイリスト

興味本位でボリビアでパーマをすると頭皮が溶ける場合があります。PS・復帰しました。(アカイザワ)

地球のみなさんこんにちわ。一年間の海外と日本の旅、計約400連休を終え今日よりDAISYLOTUS に戻ってまいりました!!

海外いる間はネットワークトラブルによりあまりブログを更新できなかったので、これからゆっくり更新できたらと思います。不定期で。

これからも髪やライフスタイル、もちろん自分が経験し感じてきたことなど、早くみなさんと沢山お話ししたいと思っております。海外でも多くの人に髪を切らせていただき感覚を磨く機会にも恵まれた一年だったので安心して遊びにいらしてください!!

みなさんにお会いできるのを楽しみにしております!

 

 

2019.05.22|スタイリスト

百聞は一見に如かず行動は言葉よりも雄弁に語る(アカイザワ)

お久しぶりです。デイジーロータス長文ブログ担当の赤井澤です。

前回ベトナムで更新して時間が経ってしまいました。その間に、カンボジアともう一度タイに来ておりました。

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タイトルにもしましたが。「百聞は一見に如かず」この言葉好きなんですよね。自分の人生のテーマみたいなものなんですが、最近より意識するのは

What one dose is more important than what one says

「行動は言葉より雄弁に語る』

Actions speak louder than words

『行動は言葉より大声で話す」

英語を勉強するうちに見つけた言葉なんですが、本当にその通りだなと衝撃を受けました。

タイに来て改めて、ご飯は安くてうまい。でも中心街は東京を超える勢いで都会化し多分これから何年かしたら追い抜かれるんじゃないでしょうか。想像できますか??来る前は道路舗装されてないイメージや失礼ながら小汚いイメージがありましたが、本当住みたいと思うくらいに素敵な町です。

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カンボジアもイメージより人は優しく想像より都会でいい場所でした。でも、歩き周ってて思うのは、そこの町や国の好き嫌いは、出会った人で決まります。これ本当に。どんなに他の人から、プノンペンは何にも無いから長居する必要ないよと言われても、出会いが良ければ最高の思い出の地になります。

これは聞いてるだけではもちろん見ただけでもわかりません。自分から声おかけたり行動しないと何も起こらないんですねー。

でもどちらの国にも道で物乞いをしている人はいます。見かけたら一食分だけでもお金を渡すようにしています。あんまブログに書くことでは無いのですが、でも、どうしても話を聞いたり、ネットで見たりすると、それに批判的な人が多いんですよね。偽善やら何やら。最初は僕も気にしたんですが、結局通り過ぎてから後悔することが嫌で、見かけたらお金をカゴとかではなく直接手に渡すようにしています。本当に嬉しそうな顔で受け取ってくれるんです。たった200円300円ですよ。それで少しでも助けになるならやらない理由ってあるんでしょうか。差し上げた額もその人の顔も覚えてないし覚えられてないでしょうけど。自分の考えを信じて行動することが一番自分にとっていいことだなとつくずく思います。可哀想と思う事は別に見下すことではないし、思うだけでは何も起こらない。行動して初めて何かが起こるんです.

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話は変わりますが、最初に自分は出会う人にとって、自分が日本代表に意図せずなっている事を意識しようと心にきめて日本を出たのですが、少し悲しい話、日本人をたまに見ると少数だとは思うけど、乗り物の客引きを無視したり、冷たい対応をしているところを目にします。確かにしつこいけど、見ていていい気持ちにはならないですね。誰も得しないし何よりカッコよくないです。

自分はほぼ全員と笑顔で絡みます。時間ないときは笑顔で手をあげたり、肩組んだり、ハイタッチしたり。しつこい人にはとことん付き合います。

どこにいくのトゥクトゥクに乗って行けよ、とつきまとう人へのいつもの対応は

ok How much? I wanna go Japan.

と言うと、1ドルでいいぜ!って笑いながらハイタッチして見送ってくれる。最高に平和理な解決法です。

どうせしつこくされるなら、日本人いい奴だなって思われた方いいよね。そんなんしてると顔見知りになって、タバコくれたり、近場ならたまにタダで乗せてくれたりします。

でもみんな、日本に行ってみたい。日本にいくのが夢なんだ。と言ってくれます。嬉しいですよね。自分の国を好きと言ってくれるのって。

日本を外から見るとより日本の良さを感じます。もちろん反対も。

とりあえず、日本の言う国では、飢える事はほとんどなくて、大抵のことはできる環境です。自分も日本でやりたいこと、挑戦したいことが沢山あります。それらを全部やります。一つ一つを言葉にし実行していきたいと思います。

海外を周るのも夢じゃないです。やるかやらないかです。

明後日からネパール。エベレストベースキャンプへ。3週間近く山にいることになりますが、向こうは最高に雨期。天気予報は予測おあきらめ9月まで雨マーク。

あータノシミ

2018.07.30|スタイリスト

生まれ育った環境が違けりゃそりゃそうか。(赤井澤)

今ならなんでも許せるんじゃないかと悟りかけてる赤井澤です。なぜこんなタイトルかというと。海外、優しい人だけではないなとつくずく感じるからです。

語弊がないようはじめに言わせてください。きっと優しい人9割です。ベトナムに入った途端、僕が偶然遭遇するだけです。そう信じてます。

話は遡り、タイを離れ僕はラオスに向かいました。移動時間2泊3日。

バス計12時間、スローボートでメコン川を下り計16時間と間で宿に宿泊という感じでした。

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ここはプーシーの滝 泳げるほど綺麗でした。(ラオス)

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メコン川はこんな感じ

ラオスでは日本人とたまたま出会いました。彼は麦さん。自分の父とほぼ同い年です。とても話しやすく馬があい結局ラオスではほとんど一緒、この方がとても魅力的で30年続けた仕事をやめ、今は自分の人生を探していました。親子ほど離れた僕にはなぜかずっと敬語。普通ならこの年代だと、ある程度自分が画一されており、なかなか他の人の考えや思いを吸収することは容易でないと思いますが。彼は違いました。僕の話を親身に聞いてくれ、とことん語り合い飲み明かしあした。ラオスはほぼ彼との思い出です。最後には、話、出会ったことに感謝を述べてくださいました。僕も心から彼のようになりたいと思いました。

きっとこの出会いは、日本にかえってからも続くでしょう。

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そしてここからがタイトルのはなしになります。ラオスを離れバスで26時間6カ国目のベトナムハノイに入りました。

入って早々ボッタクリがやばい。タクシーは必ず最初、3倍くらいの値段で言ってきます。めんどくさいので笑顔で、超笑顔で「NO thanks you」と断るのですがめちゃしつこい。なので最後はこちらも吹っかける。はじめ300000ドン(1500円)と言ってボッタクたから0を3つ取ってくれ。(150円)と真顔で言うと呆れて去って行く。ボッタくることはこちらの文化に近いものだからなんとも思わない。ただそんな中いい人に出会えると数倍嬉しくなるもので、人っていいなって思えるしそんな人には幸せになって欲しいと心から思える。

次は押し売り、何も食えずのめずの状態が丸一日以上続き、喉も乾ききっているときに出会った女の子。

宿が決まらず歩いているとこと場所を教えると近づいてきて、教えてくれた。しかし方向は正反対。さらに歩くことに。その上持ってた乾パンみたいなドーナツをfree free言いながら無理に口に詰めてくる。人生で一番水を飲みたいときに、人生で一番食べたくないタイミングでのドーナツだった。さらには袋に詰め出し僕のバックに勝手にきつく結び15000ドン(75円)と。まあいいかと引きつった笑顔で財布を取り出すと勝手に一番でかい紙幣(2500円)を抜き取り、お釣り誤魔化してきたのでそれは流石に言った。

パサついたドーナツが2000円って、間違ってニューヨーク来たかと思った。

とにかくいい人ももちろんいる。

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最後は、バス会社の人達。彼らは9割対応が酷い。運転手やスッタフからしたら我々客は乗りたきゃ黙って乗れ、言う事聞け。じゃなきゃ降りろ。困るのはそっちだろ。の対応だ。常にキレてるし、気に入らないと叩かれる。それでも僕は超笑顔でありがとうという。この笑顔を見て罪悪感でも感じろっていう反抗だ。

ただ、タイトルの話になるが、彼らはそうやって育って来た訳で、性善説を信じる私は、あくまで環境がそうさせていて、むしろ日本の最高に近い接客になれってしまっていた自分が良くないと思った。ベトナムが悪い訳ではない。日本の物差しで計って文句を言ってしまうと自分の価値を下げることになる。

何にでも当てはまるが、自分と違う、正反対、苦手な人ってのはあくまで環境と経験した物事、出会って来た人が違かったでけで、同じ環境下で同じ経験をしていたらきっとそっち側になっている。

今の自分が好きな人は、環境と経験、出会いに感謝ですね。

心遣いや、お客様を思う事で得られる幸せは彼らには味わえない。それは少し可哀想な事。自分はこの幸せが一番好きだから。

日本アリガトーーーーもう日本に求めすぎたりしないよーーーーーー

そんな感じで心を拡張し最後は生仏を目指す今日なのでした。

IMG_3203IMG_3200写真などは主にインスタグラムであげております。

フォローしなくても見れますので気になるかたは是非

akaizawa_   で出て来ます。

次回はホーチミンかカンボジアにて更新します。。。

2018.07.09|スタイリスト

言葉の壁に比べたらどんな壁も大したことない。(アカイ ザワ)

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言葉の壁に比べたらどんな壁も大したことなかったなと、心折れてた赤井澤です。

だいぶ空いてしまいましたが、膝を3針縫ったくらいで健康そのもの。お腹を下すこともなく元気にやってます。

最初、僕はテーマとして、英語が全くできない状態で回ったらどうなんだろ。回れるもんなんだろうか。という疑問を解決すべく、中1から20点台の赤点しかとったことない状態で回ることにしました。

結果

多分なんとかなります。海外で観光地だけまわるのなら英語なんて勉強しなくていいし、指差し英会話持ってけば余裕です。
しかし、沢山の人と出会い、話し、仲良くなりたい。人が大好きな自分にはとても辛い日々でした。

多少笑顔と愛嬌で、顔も覚えてもらえるし、ご飯に誘ってもらえるし、可愛がってはもらえます。でも、その時の嬉しい気持ちや、感謝を伝えたくても言葉が出てこない。言いたいのはただThanks you なんて表面だけの感謝ではなくて、心の底から伝えたい。でも伝わらない。

ニュージーランドの時点でひたすらわからなくても話しかけて少しは話せるようにはなっていたけれど、まだまだ。中1が二学期になったくらいです。

マンツーマンなら話せるが4〜5人以上からは会話のスピードに入れず空気化してしまい、静かにその場を立ち去る。これは本当に辛すぎます。気を遣わせたくないからと自分に言い訳して逃げてるのはわかってるんです。

本気で泣きました。

そんでその日からグダグダしてた時間を英語の勉強に使おうと決意し今は知恵熱出るレベルで勉強してます。

日本にいる時は悩むことなんてそうそうなかったんです。それは自信があったから。自分は本気で他者を想うことができる方だとおもっているし、本気になればある程度できないことはないと思っている。多くのことに立ち向かう勇気もある方だと思っていました。でもそれは、環境に守られていたからなんだと心底感じました。

海外に来ると、守ってくれるものはなくて、素の自分だけがさらけ出される。言葉も通じなければ、想いも伝わらない。そうなると、自ずと悩みが生まれ、久しぶりに本気で悔しい思いをしました。

とてもいい時間です。この気持ちはこれから先ずっと忘れずに、心の中心近くに置いておこうと思います。

少し伸びていたであろう僕の鼻を折ってくれてありがと地球。

この3週間ドイツ人の女の子とずっとバンコク、チェンマイ、パーイ、そしてまたチェンマイと行動を共にしてきた。
鼻の下は伸びてない。
かなり助けてもらったけれど明日で最後。しかしちゃんと感謝を伝えられてない。

この子にもこれから出会う人たちにも感謝を伝えられるよう頑張ろう。

言葉の壁は高いけど、登った先にはきっと沢山の出会いと笑顔があることを信じて。

相変わらず長いですが読んでくださり感謝です。

2018.06.24|スタイリスト

日本の時間感覚ぶっ壊せたかな( アカイザワ)

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こんにちわ。無職無所属の赤井澤です。

かなり酔っているので多分文書が長くなるでしょうけどお時間ある方はお付き合いください。

ついにニュージーランド、今夜が最後。落ち着きすぎました。ラスト1週間これといってなにもしてなかったです。

案の定、カメラを持ち歩くこともなくなり、ブログの容量をどうにかするわけでもなく。日記は10日くらいしか続かず重いから捨てました。笑

思うんです。別にブロガーじゃねーし。
別に世界一周中!!すごいでしょ!?なんて微塵もおもわないし。

海外無計画で回るのなんてやろうと思えば誰でもできるし、なにより世界一周ブロガーよりすごい人なんていくらでもいるけど、そんな人はブログになんて興味すらない。

ヒッチで載せた人は、ほんの短距離のヒッチとあとは、歩いて7ヶ月ニュージーランドを、まわってる。なんて人もいました。他にも5年無計画で海外を回ってる人も知っている。

なに考えてあるいてるんだろ

人と会ってつくづく思うのが、自分はことごとく平凡なバックパッカーであるということ。なにもすごいことはなくて、持っているのは、髪を切れるというスキルと、母に景色を見せたいと言う気持ちだけ。比べるものではないけれど。

話は変わりますが、

ニュープリモスという場所のバックパッカーズで同じく泊まっていてなかよくなったニュージーランド在住フィリピン人のザンという男の子の家に1週間泊めてもらっていました。ほんといいやつ。

色々話をした、仕事と遊びの比率

仕事をする理由など。あと、るろうに剣心

この一ヶ月こういうことについてはとことん考える時間があり、なによりそれを見つけたくて一番最初にニュージーランドに来たのだから。

仕事は手段であって、あくまで自分、家族、友人との時間がすべて。これは妥協しがちだが、絶対に崩してはいけない核なのだと思う。

っと、言いつつも、僕はデイジーロータスが好きで、本気で働きに行きたいと思っている。(酔っ払ってるから本音です。)

これは日本人の価値観なんだろうか。それでも多分これは曲がらない。髪を切りたい。

自分は美容師という仕事が心底好きだ。ただ、それだけに留まるのではなく、もっと人との関わり方を変えた方法で、幅を広げて行きたいとも強く思う。

クライストチャーチ。目的を持って来ないとやることがない。

たまたま出会った方の誘いでユニバーシティ大学の日本語学習クラスの手伝いに行ったりはしましたが、学生の真剣な眼差しと、学びたいという強い気持ちと学びの姿勢に、俺も英語勉強しよ。とインスピを受けながらも、以降1分たりとも勉強してません。でも、それだけ日本を好きでいてくれる人がいるってだけで本当に日本を誇りに思える。

いまのこのテンションだと、お店のホームページの容量もいっぱいになるくらいに書いちゃいそうなので、むりに〆ますが、色んな話を聞いて刺激をうけることはとても大事。引出しを増やすのは良いことです。ですが、あくまでそこに経験という中身が詰まってないと軽いまま。

カメラにすべておさめることも大切だけれど、あとからこの記憶は大切だど思う経験の手元にはカメラはなかったということ。発信したそれだけが自分の記憶になってしまうから。

まだまだ始まったばかりですが、学ぶことも多いし、沢山のライフモデルを見れる事は選択肢が増えて良い事です。時間を気にして時計を見ることも無くなり、少しは感覚が幅広くなったのかなと思います。

アウトプットは得意なほうだけど、本当に大切なことはどこにも、なににも発信しないでおこうと思う夜なのでした。

2018.05.24|スタイリスト

ご無沙汰しておりますが生きてます(アカイザワ)

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 お久しぶりです。英語は相変わらず全然ですがノリとテンションと笑顔でなんとかなってます赤井澤です。

 
前回、デイジーのブログを更新してからはや3週間が立ちました。アラバキがあまりに楽しそうだったので少しむつけており更新するまで少しばかり時間を要しました。

 本当に羨ましいい。荒吐行きたい。てかみんなに会いたすぎる。てか、デイジーで髪切りたい!!

 そんなこんなで手を鈍らせないよう髪は切っております。写真はインスタで.
[akaizawa_]笑

 

 ちゃんと友達もできましたよ。みるみるうちに海外に拠点が増えていく。とても嬉しいことです。
 自分がこれからどのように生きていきたいか。どういうライフスタイルを確立したいのか、どんな人間になりたいかなど今まで考えようにも頭が回らなかった問にも一つ一つ答えが出て行く実感もありとてもいい時間を過ごしています。少しずつ動く価値観と話し合ってこれからの行動。生き方をさらに深めて行きたいと思う今日この頃です。

 今は担当させていただいていたお客様の髪の状態が特に気になっています。何かあったらラインくださいね!!

 以上、自分のブログが容量いっぱいで更新できない今宵この場をお借りして「三日坊主じゃないよ」赤井澤でした。

2018.05.10|スタイリスト

プロローグ(アカイザワ)

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こんにちわ!赤井澤です!

この度は一年間の人生の夏休みのため皆様にはご迷惑をおかけしております。

この一年間でより多くの経験をして、皆様に楽しんでいただけるようなお話ができるように。

とりあえず今はまだ東京に居まして18日の夜9時に出国いたします!

着いて落ち着いたらまた更新いたします!

2018.04.15|スタイリスト

赤井澤 剛

スタイリスト
仙台市生まれ。山、風景写真、キャンプ、自転車、温泉巡り、雑誌集め、読書、行ったことないところ巡り、動物
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